2011年04月22日

知るということ 執事の想像力の限界



震災以降、心落ち着かない時間を過ごしている方は多いハズ。

執事自身も、おなじです。
想像すら出来ない現地の様子。


執事家は計画停電からピンポイントで外れており、数十メートル先は停電するものの、
執事家は停電しないという・・・。
なんだか、申し訳なさ過ぎて、執事は自主停電をすることにしました。

計画停電期間中は勝手に自分で24時間自主停電。
冷蔵庫・電話・PC・インターフォンの電源を除き、
基本的に電気を使うのを止め、懐中電灯生活に突入。
(最初の数日は冷蔵庫も切ってみた。保冷剤でどの程度もつのかやってみようと思って)
想像できないから、やってみようと思ったんです。

勝手にやってみたんですが、結構、精神状態が悪化しました。
たったそれだけ、使おうと思えば、使える状態でも、毎日暗い中、
生活すると言うのは結構難儀なものでした。


懐中電灯の明かりでなにか作業するというのは難しいことを実感して、
横型のライト、そして釣り下げたり、固定したりという使い方が出来るものでないと
実際には不便なことが分かったり・・・・。
たった1週間でしたが、想像以上でした。


ことほど左様に、浮足立ってしまっていた執事。




なにか出来ないだろうか、私に出来ることはないのだろうかと


ついつい心ばかりが急いてしまいます。



そんななかで、執事自身がなるほど!と思えたこと。



http://ameblo.jp/chicacocco/entry-10858189717.html

http://ameblo.jp/chicacocco/day-20110410.html

もともと今回の被災地に縁があり、またまちづくりに関わっていらした背景をもつ、
現地で現在も活動されている方が書かれたものです。




気持ちを形にすることは、実情に沿ったものでないと、形にならないんだなと
知っていたつもりでしたが、改めて思いました。


実情が分からぬまま、勝手に“心寄せたつもりで”盛り上がっていた自分に
気付きました。


なんだかうまく回っていない状況にいらいらとする中で、
こういうことを理解したうえでないと、ダメなんだなと目から鱗でした。



形にならないからといらいらすることなく、見捨てることなく、
どうしたら形になるのかを考えることを放棄せずにいられる自分で
ありたいと思っています。



きっかけは“したい!”という気持ち。
多くの人が持っている、当たり前の気持ち。


だけど、なにかを間違うと、“したい!”という気持ちが
押し付けやら、迷惑やらになりかねないという現実。
したという自分の自己満足だけになりかねない現実。
それどころか、せっかくやったのになにさっ!という不満にすら
なりかねない現実。






今、この時を、耳を澄ませ、目を凝らし、
足りない、余りに足りない想像力だけど、精一杯使って。


純粋な善意が、人を傷つけ、苦しめることもあると言うことを知りました。
“仕方ないじゃん”とか“まいっか”と片づけられないことがあることを知りました。
こんなことなら、善意など持ちたくないと思える一方、
自分の善意の薄っぺらさを知りました。


だけど、だから、
何かを重ねてゆきたいと思います。



その気持ちをもつ1人として、
その気持ちが違う所に行き着きかねないことを知った1人として

その気持ちを形にする為に、自分が出来ること、探し続けていきます。


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4時間前に福島第一原発20km圏内が立ち入り禁止となりました。
この地域のしっぽ達の様子を伝える様々な方々の発信を、ご存じの方も多いことでしょう。

なんとかこのコ達を救いたいと行動なさっているたくさんの方々。


遠くお家から離れたところにいるしっぽ達。
人に牙を剥いてまで、お家から断固として離れないしっぽ達。

遠くお家から離れざるを得なかった飼い主の方々。



計画避難地域では今後1カ月をめどに同じことが起こります。
今ならば、飼い主の方々としっぽ達はお家にいます。

数を救う方法にも様々なやり方があります。

数を救うだけが方法ではないとも思います。



自分がなにをよしとするのかは人それぞれ。
その中で出来ることを続けて行けたならと執事は思います。
できることならば、よりよい結果を出せるやり方で。
やっても結果が出ない、見当違いの努力は“モッタイナイ”って
やっぱり相変わらず、どケチ執事は思うから。

勿論、やらないよりはやった方がいい。
でも、やったことの結果が、相手に負担をかけ、結果にもつながらないことは
やっぱり虚しいと思うし、
先に繋がって行かないと思うから。



だからこそ、今が、何かに繋がることを願います。
いつか今、この時が、過去となった時に、
みえてくるものがあるはずです。

目先だけにとらわれることなく、何かを重ねたいと思います。

自分が魅かれる者の、モノの、原点を見せてもらった気がするから。
なにがそれを支えているのかを、見せてもらった気がするから。
その一端に自分も触れられた気がするから。


5たびの桜.jpg



6たびの桜を見上げるその日に、
晴れた心で
お空を見上げられる自分でありたいから。

苦い桜を見上げたくはないから。
あなたに逢いに行くその日まで、また重ねてゆきたいと思います。

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